相談者:宵闇市在住・30代女性
ご相談内容
皆槻先生、はじめまして。
こんなことを相談してもいいのかわかりませんが、どうしても気になっていることがあるので、お便りしました。
実は、夜になると自宅の階段が一段増えているような気がするのです。
私の家は二階建ての一戸建てで、築二十年ほどになります。
階段は玄関から続く廊下の奥にあり、一階から二階まで、まっすぐ伸びています。
普段、私は階段の段数など意識していませんでした。
ところが、先月のある夜、二階の寝室へ上がろうとした際、最後の一段で足を踏み外しそうになりました。
正確には、もう二階に着いたつもりで足を出したのに、まだ一段残っていたのです。
そのときは疲れていたのだと思いました。
けれど、それから何度も同じことが起こりました。
気になって数えてみたところ、昼間は十三段なのに、夜は十四段あるようなのです。
夫にも確認してもらいましたが、夫は「十三段しかない」と言います。
それどころか、私が夜に数えているところを見てもらったときも、夫には十三段にしか見えていなかったそうです。
私には確かに十四段あるように思えるのですが、何度確認しても、夫と数が合いません。
そこで、階段を一段ずつ写真に撮ってみました。
昼間に撮った写真は十三段でした。
夜に撮った写真も、十三段でした。
でも、夜の写真を見ながら実際の階段を数えると、どうしても一段多いのです。
最近では、階段を上ること自体が怖くなってしまいました。
特に、最後の一段が気になります。
昼間には何もない場所に、夜になると足を置く場所があるような気がするのです。
これは、照明のせいなのでしょうか。
それとも、私の目や身体に何か問題があるのでしょうか。
皆槻先生のお考えを聞かせていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
皆槻野々子先生からのお返事
お便りをありがとうございます。
毎日使っているご自宅の階段で、そのようなことが起きているのですね。
ご家族と段数の認識が異なり、写真で確認しても納得できないとなれば、不安を感じられるのも無理はないと思います。
特に、階段は転倒によるけがにつながる場所です。
まずは、原因を調べることと同じくらい、安全に上り下りできる環境を整えることを大切にしてください。
さて、ご相談を読んで、私が気になった点は三つありました。
ひとつは、昼間と夜間で段数の認識が変わること。
もうひとつは、ご主人にはその変化が見られないこと。
そして三つ目は、写真には十三段しか写っていないということです。
これらを踏まえ、いくつかの可能性を考えてみたいと思います。
階段を上るとき、私たちは何を見ているのでしょうか
まず、階段を上るという行動について考えてみましょう。
私たちは普段、階段を一段ずつ数えながら上っているわけではありません。
足元を見ているつもりでも、実際には段差の位置や高さを、視覚から得た情報と身体の動きを組み合わせて判断しています。
慣れた階段であれば、なおさらです。
いつもの高さに足を上げ、いつもの歩幅で進む。
そうした動作を、意識することなく繰り返しています。
ところが、この予測が実際の段差とずれると、まだ段があるのに床に着いたと思ったり、反対に、もう段がないのに足を上げようとしたりすることがあります。
階段の最後の一段で、思ったより足が高く上がってしまった経験はありませんか。
あるいは、段差があると思って足を出したら、そこは平らな床だったという経験です。
こうした出来事は、必ずしも珍しいものではありません。
では、なぜ夜に限って起こるのでしょう。
ここで、照明が関係してきます。
夜の照明は、段差の見え方を変えることがあります
昼間の階段には、窓や廊下から自然光が入っているかもしれません。
一方、夜間は天井や壁に設置された照明だけを頼りに上ることになります。
照明の位置によっては、階段の角に影ができたり、踏み板の境目が見えにくくなったりします。
特に、段の色と床の色が似ている場合、実際の境目とは違うところを段差として認識することがあります。
また、階段の上端と二階の床の境目に影が落ちると、そこにもう一段あるように感じられる可能性もあります。
今回のお便りでは「最後の一段が気になる」と書かれていましたね。
もし見え方の違いが原因であれば、二階の床と最上段の境目を確認することが手がかりになるかもしれません。
ただし、確認のために暗い階段を何度も上り下りすることはおすすめできません。
ご家族と一緒に、十分に明るい状態で、床や段差の位置を確認してください。
可能であれば、照明の位置や明るさを変えてみるのもよいでしょう。
滑り止めや段差を見分けやすくする目印など、住宅の安全対策について専門業者に相談する方法もあります。
数えているのに、数が違うのはなぜ?
次に、段数について考えましょう。
ご相談では、昼間は十三段、夜間は十四段と感じられるとのことでした。
ここで一度、階段の「一段」をどのように数えているか、整理してみるとよいかもしれません。
例えば、一階の床から最初の踏み板へ足を上げる動作を一段と数える人もいれば、踏み板そのものの枚数を数える人もいます。
また、二階の床に上がる最後の動作を一段と数えるかどうかでも、数え方が変わる場合があります。
階段には、踏み板の枚数と、実際に足を上げる回数が一致しない構造もあります。
そのため、段数を比べる際には、どこを一段目とし、どこを最後とするのか、ご夫婦で確認する必要があります。
ただ、今回の場合は、それだけでは説明がつかない部分がありますね。
ご主人が見ている前でも、あなたには十四段に感じられたという点です。
同じ場所を見ていても、人によって注目している部分や、境目の捉え方が異なることはあります。
しかし、それが今回の体験の原因だと、このお便りだけで判断することはできません。
また、写真には十三段しか写っていないとのことですが、写真は撮影した角度や光の当たり方によって、実際の見え方とは異なる場合があります。
写真と実物の違いについても、改めて確認する価値がありそうです。
気になり始めると、ますます気になることがあります
もうひとつ、考えておきたいことがあります。
私たちは、一度気になったことを、以前よりも強く意識するようになることがあります。
例えば、時計の数字が偶然そろっているのを見つけたあと、同じような時刻を何度も目にするようになった経験はありませんか。
あるいは、知らなかった言葉を覚えた途端、あちこちでその言葉を見かけるようになることもありますね。
もちろん、時計の数字がそろう回数や、その言葉が使われる回数が急に増えたとは限りません。
私たちがそれに注意を向けるようになったため、以前よりも気づきやすくなっているのです。
階段についても、最初の違和感をきっかけに、上り下りするたびに「今日は何段あるだろう」と意識するようになった可能性は考えられます。
しかし、ここで誤解していただきたくないのは、気にしすぎだから問題が起きている、と申し上げたいわけではないことです。
違和感を覚えたからこそ、何度も確かめたくなる。
それは、ごく自然な反応だと思います。
大切なのは、その不安が日常生活にどの程度影響しているか、という点です。
まずは、安全と健康を優先してください
お便りには、階段を上ること自体が怖くなってきたと書かれていました。
私は、この部分を特に気にかけています。
何か不思議な現象が起きているのかどうかを調べることは、私の専門分野とも関わっています。
けれど、研究への興味よりも、相談者の方が安全に暮らせることの方が、ずっと大切です。
まずは夜間の階段を十分に明るくし、手すりを使って、慌てずに上り下りしてください。
必要であれば、ご家族に付き添ってもらうことも考えてくださいね。
また、段差の見え方が以前と変わった、距離感がつかみにくい、目が疲れやすいといった症状がある場合は、眼科などの医療機関で相談することをおすすめします。
体調や睡眠の状態、服用しているお薬などが、見え方や身体感覚に関係することもあります。
突然の視力の変化や強いめまい、身体の動かしにくさなどがある場合には、速やかに医療機関へ相談してください。
そして、階段そのものに不具合がないかについては、住宅の管理者や建築の専門家に確認してもらうことも大切です。
これらの確認を行ってもなお、説明のつかないことが続くのであれば、改めてご相談いただければと思います。
不思議なことを、不思議なままにしないために
最後に、少しだけ私自身の研究についてお話しさせてください。
民俗学では、人々が経験した出来事や、それについて語られた話を記録することがあります。
不思議な体験談も、そのひとつです。
ただし、体験した方が「確かにそう感じた」ということと、その出来事が物理的に起こったかどうかは、分けて考える必要があります。
今回の場合、あなたが夜の階段に違和感を覚えていることは、お便りから十分に伝わってきました。
一方で、実際に階段が増えていると判断できる資料は、今のところありません。
ですから、私としては、まず現実的に確認できる部分を一つずつ調べていくことをおすすめします。
そして、これはお願いなのですが、もし今後も階段の段数を記録されるのであれば、一人で無理をなさらないでください。
昼間の明るい時間に、ご家族と一緒に、どこを一段目とするか決めて数えてみる。
そのうえで、照明や写真、階段の構造について専門家の意見を聞いてみる。
それだけでも、今まで気づかなかったことが見えてくるかもしれません。
不思議な出来事の中には、調べることで理由がわかるものもあります。
一方で、十分な情報が得られず、結論を出せないものもあります。
私は、わからないことを、無理に説明したことにはしたくありません。
今回の体験についても、現時点で断定的なお答えをすることはできませんが、何より、あなたが安心して階段を上れるようになることを願っています。
どうぞ、お身体を大切になさってください。
また何かありましたら、お便りをお寄せくださいね。
皆槻野々子
夕凪大学 人文学部 民俗文化学科
夕凪県不思議相談所からのお知らせ
本相談所では、皆さまから寄せられた不思議な体験や疑問について、皆槻野々子教授が民俗学・地域文化研究などの観点から回答しています。
回答は皆槻教授個人の見解を含むものであり、すべての事象について原因や真偽を断定するものではありません。
本相談所は医療・法律・防犯・建築などの専門相談機関に代わるものではありません。
健康や生命、財産、安全に関わる問題については、適切な専門機関へご相談ください。