表に書けなかった三店舗
― 掲載を見送った、それぞれの理由 ―
さて。
今回は、みっつのお店についてお話ししましょう。
といっても、いわゆる穴場のお店を紹介するわけではありません。
本編のグルメ案内や街歩きの記事をお読みになった方は、あちらに掲載されていないお店が、まだたくさんあることをご存じでしょう。
当然ですね。
宵闇市ほどの都市で、すべてのお店を一冊のガイドに掲載することはできません。
紙面の都合もありますし、取材の許可をいただけない場合もあります。
閉店や移転によって、掲載を見送ることもあるでしょう。
今回ご紹介する三店舗も、そうした理由で掲載されなかったお店です。
ただし、三店舗とも理由が異なります。
それぞれ順番に説明していきますので、よろしければ最後までお付き合いください。
なお、今回掲載する店名は、残されていた取材資料の表記をもとにしています。
現在の営業状況や所在地を保証するものではありません。
くれぐれも、訪問先の候補には加えないようお願いいたします。
Ⅰ.窓辺文具店
掲載見送り理由:所在地および営業実態が確認できないため
最初にご紹介するのは「窓辺文具店」です。
文房具を扱う、昔ながらの小さなお店だったようです。
取材票には、ノート、封筒、筆記具、事務用品などを取り扱っていると記載されていました。
特に珍しい品物があったわけではありません。
観光向けというより、地域の方が普段利用するお店ですね。
どうして観光ガイドの取材対象になったのか、その理由までは残されていませんでした。
もっとも、地域に親しまれているお店を紹介する企画だったのでしょう。
それなら納得できます。
さて、問題の所在地ですが。
取材票には、住所が記載されていました。
丁目、番地まで、きちんと。
しかし、照合に使われた地図や店舗一覧からは、該当する店を確認できなかったようです。
記載した時点で、古い住所だったのかもしれません。
移転した可能性もあります。
すでに閉店していたのでしょうか。
どれも十分に考えられますね。
興味深いのは、取材票に営業時間が記載されていたことです。
営業時間:午前九時から午後六時
定休日の欄は空白でした。
一般的な個人商店として、不自然な時間ではありません。
ただ、営業時間を確認できているのに、所在地が確認できないというのは、少々不便な話です。
そこで、担当者は取材票に確認依頼を書き込みました。
「店舗の場所を再確認してください」
ごく当然の指示ですね。
ところが、その下に別の筆跡で返答が残されていました。
「場所は確認しました。店舗が確認できません」
……なるほど。
建物がなくなっていたのでしょう。
そう理解するのが自然です。
ただ、その返答に添えられていた確認日には、少し気になる点がありました。
最初の取材日と、同じ日付だったのです。
取材票を作成した人が、店舗を確認できなかった。
それなら、いったい何を取材したのでしょうか。
商品でしょうか。
営業時間でしょうか。
店主の話でしょうか。
残念ながら、そこまではわかりませんでした。
こちらについては、所在地と営業実態を確認できないため、掲載を見送ったと考えています。
Ⅱ.花守生花店
掲載見送り理由:掲載の必要がなくなったため
二店舗目は「花守生花店」です。
こちらは、生花を取り扱うお店として取材対象になっていました。
店先には季節の花が並び、贈り物や家庭用の花を購入する方が訪れていたようです。
取材資料には、店主から掲載の許可をいただいたという記録も残っています。
写真の使用についても、問題はなかったようです。
それなら、なぜ掲載されなかったのでしょうか。
理由は、取材後に届いた連絡でした。
店主側から、掲載を取り下げてほしいという申し出があったのです。
個人商店では、こうしたこともあります。
事情が変わって、取材を受けたこと自体を取り消したくなる場合もあるでしょう。
編集部が申し出を尊重したのであれば、特に問題はありません。
実際、掲載見送りの処理もきちんと行われています。
その点では、三店舗の中で最も説明しやすいお店です。
ただ、ひとつだけ。
取材票の余白に、手書きの一文が残されていました。
「店主に確認する必要なし」
これも、掲載を取り下げるのであれば理解できます。
わざわざ再確認する必要はありませんからね。
しかし、取材票に記録されていた掲載取り下げの連絡は、店主本人からのものでした。
つまり、本人の申し出に対して、本人に確認する必要はないと書かれているわけです。
……まあ、連絡を受けた時点で、意思確認は済んでいたのでしょう。
それなら話は簡単です。
なお、残されていた取材写真には、店先に花が並んでいる様子が写っていました。
花の名前を記録した一覧もありました。
ただ、どの写真にも、店主の姿は写っていません。
花屋の取材で店主が写っていないことなど、珍しくありませんね。
私も、そう思います。
では、三店舗目へ進みましょう。
Ⅲ.仕立て屋・三巡
掲載見送り理由:取材記録の整合性が確認できないため
最後は「仕立て屋・三巡」です。
衣服の仕立て直しや修繕などを扱うお店として、取材資料に記載されていました。
こちらについては、取材が完了しています。
……少なくとも、管理表ではそうなっています。
所在地の記録もあります。
取材担当者の記載もあります。
写真も残っています。
それなのに、掲載は見送られました。
理由は、取材資料同士の内容が一致しなかったためです。
まず、取材報告書をご覧ください。
担当者の欄には、二人分の名前が記載されていました。
取材内容を確認した人間も、二人です。
同行者については、特に記録がありません。
つまり、二人で取材したものと考えられます。
ところが、写真の確認票には、次のような注記がありました。
「同行者の写り込みについて確認済」
さて。
同行者とは、誰のことでしょうか。
二人で取材したのであれば、そのうち一人が写真に写っていても不思議ではありません。
撮影者以外の担当者を同行者と呼んだのでしょうか。
もっとも、それなら確認票に記載されていてもおかしくありませんね。
そこで、写真を確認してみました。
店内を写したものです。
壁には衣服が掛けられ、作業台には裁縫道具が置かれています。
ごく普通の仕立て屋の写真でした。
人の姿は写っていません。
作業台の手前にも、奥にも。
鏡のように見えるものはありましたが、そこにも人物は確認できませんでした。
では、何を確認したのでしょう。
こちらでは判断できません。
ただし、写真の端にある壁には、みっつの影がありました。
細長いものが三本、並んでいます。
衣服を掛けるための道具か、室内の備品による影でしょう。
不自然な形ではありません。
問題は、その下に記載されていた写真の説明文でした。
「左から、店主、担当者、担当者」
……なるほど。
この写真には、三人の人物が写っているものとして整理されていたようです。
ですが、私が確認した写真には、人の姿がありませんでした。
みっつの影なら、あります。
説明文の書き間違いでしょうか。
写真の差し替えがあったのかもしれません。
確認票と実際の画像が対応していない可能性もあります。
そのため、掲載を見送った。
そう考えるのが妥当でしょう。
ところで。
この取材報告書には、まだ続きがあります。
Ⅳ.仕立て屋の取材報告書
取材報告書の末尾には、担当者による所感が記載されていました。
お店の印象や、掲載にあたっての注意事項をまとめる欄です。
内容自体は、よくあるものでした。
落ち着いた店内。
丁寧な接客。
修繕の相談にも応じてもらえる。
特に悪い評価はありません。
最後に、こんな一文が添えられていました。
「取材終了後、二名で退出」
まあ、普通の記録ですね。
二人で取材して、二人で帰った。
何も問題はありません。
ただ、少々気になることがありました。
報告書の冒頭には、取材開始時の人数も記録されていたのです。
「取材開始時、三名入店」
こちらの三名という数字は、取材を受けた店主を含むものではないようでした。
報告書の欄には、来店した取材関係者の人数として記載されています。
つまり、三人で入って、二人で出てきた。
そう読めます。
もちろん、取材の途中で一人が先に帰ったのでしょう。
あるいは、撮影だけを担当するスタッフが同行していたのかもしれません。
取材開始時の人数だけが誤っていた可能性もあります。
どちらにせよ、深刻な問題とは言えません。
ただ、確認票の最後には、赤い文字で次のように記されていました。
「人数を修正しないこと」
こうした注意書きがある以上、こちらで数字を書き換えることはできません。
ですから、原文のまま残してあります。
なお、取材担当者への再確認は、行われていません。
管理表には、確認不要と記録されていました。
その理由については、記載がありません。
Ⅴ.三店舗を掲載しなかった理由
ここまで、三店舗の記録をご紹介しました。
整理すると、次のようになります。
| 店舗 | 掲載を見送った理由 |
|---|---|
| 窓辺文具店 | 所在地と営業実態の確認が取れなかった |
| 花守生花店 | 掲載取り下げの申し出があった |
| 仕立て屋・三巡 | 取材記録と写真の内容が一致しなかった |
いずれも、観光ガイドへの掲載を見送る理由としては十分です。
確かな情報を掲載できないのであれば、無理に紹介するべきではありません。
そうした判断は、むしろ適切だったと言えるでしょう。
ですから、これらの店舗について、現地へ確認に行く必要はありません。
店舗を探すことも、取材関係者を調べることも、おすすめしません。
特に、三店舗目については。
……ああ、誤解しないでくださいね。
仕立て屋に危険があると申し上げているわけではありません。
それを判断するための情報が不足しているだけです。
わからないことを、わかったつもりで扱うのはよくありません。
そうでしょう?
Ⅵ.掲載できなかったもの
三店舗に関する資料は、以上です。
ご期待に沿えるような、珍しい商品や特別なサービスの紹介ではなかったかもしれません。
申し訳ありませんね。
ただ、観光ガイドから何かが取り除かれた場合、その理由が必ずしも危険だからとは限らないことは、おわかりいただけたと思います。
確認が取れなかった。
掲載の必要がなくなった。
資料の内容が一致しなかった。
どれも、編集の現場では起こり得ることです。
ですから、どうか深く考えないでください。
少なくとも、ここに書かれていないことまで、想像する必要はありません。
おっと、失礼。
仕立て屋の取材報告書について、ひとつだけ訂正があります。
先ほど、取材担当者は二人だったと申し上げました。
あれは、記録に名前が残っていた人数です。
実際に何人で取材したのかは、わかっていません。
申し訳ありません。
こちらの説明が不正確でした。
では、次の資料へ進みましょう。
次は、地図に載らない二つの飲食店についてです。
店舗の所在地だけでなく、メニューの記録にも少々確認できない点がありました。
こちらも、読者の皆さまにお店探しをお願いするものではありません。
ただ、残された資料を順番にご紹介するだけです。
どうぞ、そのままお読みください。
宵闇市まるわかりガイド|創刊号・巻末付録